
合理的配慮のない職場環境で「フラッシュバックの嵐」に襲われ、休職を余儀なくされたM.S.さん。発達障害の特性ゆえに強固な「過去の嫌な記憶」は、支援センターで発表するほどの高度なソーシャルスキル(SST)さえ無効化しました。そんな彼が専門的な心理療法に出会い、10年来のトラウマを「講演のネタ」に変えるまでの軌跡を辿ります。スキルの底上げだけでは救われなかったすべての方へ贈る、真実の希望の記録です。掲載の許可をいただいています。
合理的配慮のない職場に怒りを感じていた

今年春の人事異動で職場の人員が1人減になりました。
さらに戦力だった先輩が辞め、代わりに残念ながら仕事ができない人が配置されました。
仕事に慣れていた非常勤職員の人も他部署に異動し、新しい非常勤職員の人には仕事を1から教えないといけなくなりました。
結局私の仕事量は増え、過去にトラウマがある業務もしないといけなくなりました。
しばらくすると疲労はピークに達して、仕事中に吐き気がくるようになりました。
頻繁にトイレに行って吐いていました。
夜になると不安で寝付けない、やっと寝付いても途中で覚醒していました。
行き場のない怒りを感じて、気持ちはいつもキリキリして、イライラが高まると爆発するようになりました。自分が自分でなくなる感じでした。
この頃は3年前や10数年前に仕事で失敗して上司に叱責された場面などがフラッシュバックしていました。フラッシュバックの嵐でした。現在は以前とは違う状況であることは頭では理解しているのですが、それでも繰り返し思い出されていたのです。
私は精神障害者手帳を持っているのですが、人事配置面で合理的配慮がされていないことに怒りを感じていました。
私が勤めているのは役所で、合理的配慮をするのは義務なのですが、人事担当者が合理的配慮について理解していないと思われました。
結局、私は病気休暇を3か月とって、その後休職に入りました。
ソーシャルスキルの工夫だけでは限界がある

私は発達障害の診断を受けて長いです。
ソーシャルスキルの工夫はやりつくしています。それは自閉症協会や支援センターで発表するぐらいのレベルです。
私が作った業務を処理するための自作マニュアルを精神保健福祉士の人に見せるとびっくりされます。
しかしソーシャルスキルの工夫だけでは限界があるのです。
私の場合は長期記憶が強くて過去に体験したことをしっかり覚えています。楽しいことも覚えていますが、つらい記憶もなかなか消えません。つらい記憶がフラッシュバックするのです。
そのつらい記憶をどう対処するかについて考えていたのですが、熊本県市町村職員共済組合の保健事業の提携先の一つに熊本カウンセリングがあることを知って、心理カウンセリングと心理療法を受けることにしたのです。
熊本カウンセリングに初めて来たときは「どんなことするんやろ~?」とドキドキしていました。
5回のセッションを受けてトラウマ記憶がかなり軽くなった感じがします。思い出したとしても仕事に支障が出ない程度になりました。
私は当事者として発達障害関連の講演会で講師をすることがあるのですが、トラウマ体験を講演のネタにしてやろうと思うようになりました。
また私は発達障害で精神障害者手帳を持って働いていることに負い目があります。
でも言わないといけないことははっきり言わないと相手に通じないということが今回改めて痛感しました。
苦しいときに、上司に「今きついのでこの仕事少し待ってもらえませんか?」などと言うタイミングの計り方が上手になったと思います。
発達障害でトラウマを抱えている人にアドバイス
個人差はあると思いますが、私のようにトラウマを抱えている発達障害の人には、心理カウンセリングや心理療法は有効だと思います。
とくにアスペルガー傾向やADHD傾向のある人で長期記憶が強い人、過去のいやな記憶がなかなか消えない人にはむいていると思います。
発達障害の人には「ソーシャルスキル・トレーニングをすること」や「得意分野を伸ばすとよい」とはよく言われています。
私が講演するときには「苦手なことの底上げも必要」と言っています。
ただ苦手なことの底上げに取り組むと副作用のようなものがあります。それがトラウマが思い出される苦しさなのです。その苦しさを解消するのに心理カウンセリングや心理療法は結構お勧めですよ。
(40代 公務員 M.Sさん)
心理カウンセラーからコメント

M.S.さん、貴重な体験談を共有していただき、本当にありがとうございます。まずは、この春から続いた想像を絶するような過酷な状況、そして休職に至るまでの心身の苦痛に対し、心からの共感と労いを伝えさせてください。
人員減、戦力の喪失、未経験者への指導、さらにはトラウマのある業務への従事……。これだけの負荷が一気に、しかも「合理的配慮」が義務付けられているはずの役所という職場で、その配慮が全くなされないまま降りかかったのです。M.S.さんが感じられた行き場のない怒り、キリキリとする焦燥感、そして身体が悲鳴を上げて吐き気に襲われたこと、夜も眠れなくなったこと、それは発達障害の特性を持つ持たないにかかわらず、人間として当然の反応です。
特に、合理的配慮が得られないことへの怒りは、単なる不満ではなく、自分の存在権を脅かされたことへの「正当な怒り」です。本当によく、ここまで耐えてこられましたね。休職という決断は、M.S.さんが自分自身を守るために行った、最も重要で「合理的な配慮」そのものであったと考えます。
発達障害の特性とトラウマの関係
M.S.さんが分析されている通り、今回の苦しみの核心は「発達障害の特性(特に長期記憶の強さとネガティブ記憶の凝固)」と「環境ストレスによる過去のトラウマ記憶(フラッシュバック)の再燃」が、悪循環を起こした点にあります。
アスペルガー傾向(自閉スペクトラム症:ASD)やADHD特性を持つ方は、特定の記憶、特にネガティブな感情を伴う記憶を非常に鮮明に、かつ長期にわたって保持する傾向があります。
幸田光江 (2008)は、ASDでは、過去を「終わったこと」として整理できず数年前の出来事でも「今まさに起きている」かのように鮮明に再体験してしまう特性があることや、詳細な五感(視覚・聴覚など)と共に記憶が保存されるため思い出した際に吐き気や動悸などの激しい身体的苦痛を伴いやすいこと、定型発達の人には些細に思える「叱責」や「周囲とのズレ」そのものがASDの人にとっては深刻なトラウマ(外傷)になり得ると述べています。
これは、脳の感情を司る部分(扁桃体など)が過敏で、トラウマ記憶が適切に処理(統合)されずに脳の下位(感情や身体感覚のレベル)に「生々しい記憶」として残りやすいからです。
今回は、業務量の増大という物理的ストレスに加え、合理的配慮が得られないという心理的ストレスがトリガーとなり、脳が「危険モード」に入りました。その結果、理性(前頭葉)では「現在は以前とは違う状況だ」と理解していても、脳の下位から「過去の失敗した記憶」「叱責された身体感覚(吐き気や動悸)」が、まさに「嵐」のようにフラッシュバックし、M.S.さんの全システムを支配してしまったのです。
SST(ソーシャルスキル・トレーニング)の限界と心理療法の役割
M.S.さんの、「ソーシャルスキルの工夫だけでは限界がある」という気づきは大きな価値があります。
精神科医の青木省三氏の理論(2025)を借りれば、脳は「一階(下位脳:感情や身体感覚、自律神経を司る)」と「二階(上位脳:理性、言葉、計画、スキルを司る)」の二階建て構造になっています。
M.S.さんが長年磨き上げてきたSSTや自作マニュアルは、まさに「二階(上位脳)」の素晴らしい機能です。
しかし、合理的配慮の欠如や過度な業務負担によって、あなたの脳内の火災報知器(一階にある扁桃体)が激しく鳴り響いてしまいました。
一階で火の手が上がっているとき(サバイバルモードのとき)、二階でどれほど立派なマニュアルを読もうとしても、言葉や理性は一切入ってきません。 吐き気や激しいイライラ、そして過去の叱責が「今まさに起きていること」として蘇るフラッシュバックは、脳の一階が暴走し、二階を乗っ取ってしまった状態だったのです。
「発達障害とトラウマ」の関連性を解明した第一人者である杉山登志郎(2011)氏は、SST(ソーシャルスキル・トレーニング)などの言語的なアプローチ(トップダウン)は、脳の「二階(前頭葉)」が落ち着いているときにしか機能しないため、脳の「一階(扁桃体・自律神経系)」がトラウマで暴走しているときは先にそちらを鎮める心理療法(ボトムアップ)が必要であると述べています。
M.S.さんが熊本カウンセリングで受けられた心理療法は、この下位脳、つまり一階の「身体に刻まれたトラウマ記憶」に直接アプローチする、ボトムアップのものでした。5回のセッションでトラウマ記憶が劇的に軽減し、思い出したとしても身体が暴走(仕事に支障が出るほどの吐き気や怒り)しなくなったのは、まさに心理療法によって脳がトラウマを適切に統合できた証拠です。これは、M.S.さんの自己分析力と、適切な心理療法が出会ったことによる成果と考えます。
当事者の講師としての「新たな統合」とアサーションの獲得
さらに素晴らしいのは、回復後のM.S.さんの認知と行動の変化です。
トラウマ体験を「講演のネタにしてやろう」と思えるようになったこと。
これは、心理学でいう「トラウマ後成長(PTG:Post-Traumatic Growth)」そのものです。かつては自分を脅かす「敵」であった記憶を、今は自分の人生の一部として、さらには他者を助けるための「道具」として昇華させ、主導権を取り戻されました。
また、上司への「きついので待ってもらえませんか?」というタイミングの計り方の向上。
これは、単なるスキルとしてのSSTを超え、トラウマの苦しさが軽減されたことで心に余裕が生まれ、自分の状態を客観視し(メタ認知)、相手に適切な形で伝える「アサーション(自他を尊重する自己表現)」が可能になった結果です。「負のオーラ」をまとっていた時期を乗り越え、自分を守るための健康的な境界線を引けるようになりました。
トラウマを抱える発達障害当事者への提言
最後に、M.S.さんがアドバイスされている「苦手なことの底上げに取り組むと、副作用としてトラウマが思い出される」という指摘は、当事者ならではの非常に深く、重要な視点です。
「得意を伸ばす」だけでは社会生活が送れない現実があり、苦手に取り組む際には過去の「できない自分」の記憶が刺激されるのは、多くの発達障害当事者が感じている「隠れた苦しみ」です。M.S.さんの体験談は、「発達障害の支援は、SSTだけでは足りない。特性に由来するトラウマケアを統合して初めて、本当の意味での安定した社会参加が可能になる」ということを、自らの身体を持って証明した、希望の記録です。
この体験談は、同じ悩みを持つ多くの発達障害の方、そして合理的配慮義務を果たすべき立場にある方々にとって、大きな救いと指針になることでしょう。
M.S.さんの勇気ある行動と、深い自己洞察に心からの敬意を表します。今はどうか、この成果を噛み締めながら、ゆっくりと心身を休めてください。M.S.さんのこれからの歩みが、よりしなやかで、自分らしいものになることを、心より応援しております。
参考・出典
幸田光江 (2008).広汎性発達障害における心的外傷(心的外傷後ストレス障害と広汎性発達障害).精神科治療学 23(10), 1221-1227.
青木省三『発達とトラウマから診る精神科臨床』医学書院(2025)
杉山登志郎『発達障害のいま』講談社(2011)
この記事を書いた人
- 公認心理師。2007年に心理カウンセラー・心理セラピストとして独立し、熊本市に「熊本カウンセリング」を開設しました。以来17年以上にわたり、心理カウンセリングの実践に携わり、これまでに7,000件を超える相談実績を積み重ねてきました。2019年には拠点を熊本県八代郡氷川町に移し、地域に根ざした活動を展開しています。
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